マイナスの美学
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私が能楽に出会ったのは、香里能楽堂で開催された「能楽堂に行こう」というイベントに参加したのが始まりだった。その内容のあまりの面白さに、ぜひ生徒にも体験させたいと思い、主催者である辰巳満次郎さんに相談した。学校では年度初めに予算も組んでいないし無理かと思ったが、僅かな負担で生徒250人余りが能舞台にもあげていただき、楽器も体験することができた。そして最後には満次郎さんによる舞台も拝見できたのである。それからは満次郎さんからいろいろご案内いただいて、舞台に足を運んでいる。
能には歌舞伎のような大掛かりな舞台装置もない。登場人物も、時には小袖で表現したり、ごく僅かな人しか出てこない。あとは見ている人それぞれが想像して観ていくのである。
うちの先生の日本刺繍は、余計なものを出来るだけそぎ落として「ぬい」をしている。繍技自体もシンプルで、模様の全部をぬいで埋めるような「ベタぬい」は絶対にしない。だから私は最近になってやっと刺しぬいというぬい方も習ったくらいである。全部をぬわずに奥行きを表したり、グラデーションを出したりという技術には、他所に見ないすごい技術である。お世辞抜きに、私は日本一の刺繍作家だと思っている。
私はうちの先生の刺繍と能には共通点があると思う。全部言って説明するのでなく、最も少ない量で表現しているという点である。先日も居酒屋「和民」の社長さんが愛読書の「論語」について話をされていた。「論語」の中では「他人の嫌がることはしない」というのに対して、「聖書」では「他人の喜ぶことをする」というのである。これって引き算、マイナスの美学ではないのだろうか。このマイナスの美学こそが「日本の文化」だと思っているが、いかがなもんでしょう。
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